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地形と地質

台湾はユーラシアプレートとフィリピン海プレートが接する場所にあり、100万年にわたる絶え間ない造山運動や地層の圧縮により数々の高山々が形成されました。雪山山脈は中央山脈の西に位置し、北東—南西に広がっています。雪山山脈は180km以上連なっていますが、大漢渓、大安渓、大甲渓の浸食により、その地域は北部の阿玉山階段山地、中部の雪山地塁、南部の埔里陷落地帯に分かれています。雪覇国家公園は雪山山脈の最も重要な部分である「雪山地塁」にあります。地塁内には北から南にかけて大霸尖山、武陵四秀(品田山、池有山、桃山、喀拉業山)、雪山、志佳陽大山、大剣山、頭鷹山、大雪山など、3,000m以上の高山が51座あり、19座が台湾百岳に選出されています。その中で最も代表的なのが雪山と大霸尖山です。

大霸尖山は標高3,492mで、台湾の古書では「熬酒桶山」と記載されています。その特殊な形と壮大な姿から雪山地塁の北側で最も目立つ山となっており、「世紀の奇峰」と評されています。ここには、タイヤル族とサイシャット族の祖先が誕生した霊峰であるとの言い伝えがあります。わずか700mの距離にある小霸尖山と合わせると両耳のような形になるため、タイヤル族の人々は「双耳嶽」と呼んでいます。

東霸尖山
東霸尖山

雪山は標高3,886mで雪山山脈の最高峰であり、台湾で2番目に高い山です。なお、「雪山」という名前はタイヤル族の人々が呼んでいた「Sekoan」を音訳した「雪高翁山」に由来しており、後に「雪翁山」または「雪山」に略されました。タイヤル族がつけた名前は、南側の岩壁が垂直に崩れ落ち、縦方向の裂け目ができた特殊な「岩壁の裂け目」の地形を意味しています。

雪山の周りで最も目立ち、最も話題になる地理的景観が大崩壁(切り立った崖)です。雪山主峰北東の下には長楕円形の窪地が北東に広がっており、日本の地理学者は圏谷(カール)であると考えています。

北稜角
北稜角

雪山地塁は雪山を中心に放射状に分岐しており、稜脈は大きく主稜(大雪山稜脈)、南支稜(雪剣稜脈)、北稜(雪霸稜脈)、北東稜(桃山稜脈)、南東支稜(志佳陽大山稜脈)、東支稜(雪山東峰稜脈)の6つに分かれています。その中で布秀蘭山の近くにある北稜から東に分岐する稜脈は、品田山、池有山、桃山、喀拉業山から蘭陽渓にまたがる有名な「武陵四秀」です。また、雪山から大霸尖山の南北に10km以上伸びる尾根は雪山で最も高い稜脈となっており、登山家、探検家、原住民の文化活動において常に崇められてきました。大霸尖山に初登頂した沼井鐵太郎が賞賛の念を禁じえず、「聖なる稜線、大霸尖山ー次高山の真正のトラヴァース(縦走)、果たして何人がその栄誉を荷ひ、その真美を語り得るだらうか」と書き記したことから、1928年以降、この区間の尾根は「聖稜線」と呼ばれるようになりました。

雪山山脈は主に始新世から中新世のスレートとメタ砂岩の地層で構成されており、始新世から中新世における軽度の変成岩が地層に露出しています。南東から北西につれてて変成の程度が徐々に低くなっているため、雪覇国家公園の岩石は主にメタ砂岩、硬質頁岩、スレートとなっています。

雪山一號
雪山一號

更新世からの造山運動で南東からのフィリピン海プレートが台湾東部でユーラシアプレートとぶつかり合った影響で、褶曲と高角逆断層が最もよく見られる地質構造となっており、中でも武陵四秀の品田山では褶曲作用による地質景観が最も顕著です。雪山の東峰からは、品田山の鋭く曲がった箱型褶曲(box fold)と、北東から南西へ傾斜、滑動する地層がはっきりと見られます。

大霸尖山とその南西にある小霸尖山(標高3,418m)は、標高約3,300mの水平な岩盤の上に並んでいます。この酒樽のように見える大霸尖山と小霸尖山はどのように形成されたのでしょうか?もともとは地質構造と地形の相互作用によって形成されました。大霸尖山と小霸尖山の下にある地層は砂岩とスレートの互層で形成されていますが、山頂は砂岩と頁岩の互層で形成されています。一般的に傾斜が緩やかで厚い互層の堆積岩の地域では、その地形の特徴として階状の斜面が見られることが多く、砂岩は耐食性が比較的高いため、平らな山頂と断崖の地形が残されています。砂岩層の下の頁岩は耐食性が比較的低いため、斜面も緩やかになります。大霸尖山と小霸尖山の地形の岩相のほか、節理の影響も受けて形成されています。やや水平の砂岩層には節理が非常に多く見られ、地表水が節理に沿って浸み込みやすいため、一旦凍結するとその凍結膨張により生まれる張力で岩石の崩壊が加速します。このようなくさび作用は、通常地表から上に向かって徐々に発達し、長い時を経て上が細く下が太い地塁が形成されます。

大霸尖山と小霸尖山の地質図
大霸尖山と小霸尖山の地質図